大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)132号 判決

上告人

鈴木信夫

外四名

右五名訴訟代理人弁護士

佐藤義弥 佐伯静治 安養寺龍彦 渡辺正雄 宮里邦雄

土井浩之 古川景一 伊藤幹郎 渥美雅康 中谷雄二

河合良房 梅田章二 新井章 竹澤哲夫 佐伯仁

戸谷豊 上条貞夫 徳住堅治 高木太郎 黒岩容子

岡田尚 長谷川一裕 後藤潤一郎 渡辺伸二 岩城穣

尾山宏 山本博 荻原富保 水口洋介 鴨田哲郎

田村徹 山田裕祥 杉本朗 海道宏実 花田啓一

篠原俊一 中村和雄 岡村親宜 草島万三 関次郎

藤本正 佐藤正明 大崎潤一 望月浩一郎 鵜飼良昭

高木輝雄 安藤友人 小林勤武 小島肇

被上告人

旧名称神奈川食糧事務所長

横浜食糧事務所長

今井教夫

外四名

右五名指定代理人

新池谷令

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人佐藤義弥、同竹澤哲夫、同尾山宏、同岡村親宜の上告理由第一点について

国家公務員法(以下「国公法」という。)九八条二項の規定が憲法二八条に違反するものではないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)とするところであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

同第二点及び第三点について

所論引用の結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和四〇年条約第七号。いわゆるILO八七号条約)三条並びに経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号)八条一項(C)は、いずれも公務員の争議権を保障したものとは解されず、国公法九八条二項及び三項並びに本件各懲戒処分が右各条約に違反するものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第四点について

国公法第三章第六節第二款の懲戒に関する規定及びこれに基づく本件各懲戒処分が憲法三一条の規定に違反するものでないことは、最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁の趣旨に徴して明らかというべきである。論旨は採用することができない。

同第五点及び第六点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件ストライキの当時、国家公務員の労働基本権の制約に対する代償措置がその本来の機能を果たしていなかったということができないことは、原判示のとおりであるから、右代償措置が本来の機能を果たしていなかったことを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は採用することができない。

同第七点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、上告人らに対する本件各懲戒処分が著しく妥当性を欠くものとはいえず、懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱したものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は右と異なる見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官河合伸一、同福田博の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官河合伸一、同福田博の補足意見は次のとおりである。

私たちは、法廷意見に賛成するものであるが、なお、上告理由第七点について次のとおり付言しておきたい。

原審が認定した事実関係の下では、昭和五六年度における人事院勧告の一部不実施に引き続く同五七年度における人事院勧告の完全凍結をもって、本件ストライキの当時、国家公務員の労働基本権の制約に対する代償措置がその本来の機能を失っていたとまではいうことができないと考えるが、右のような事情は、争議行為等の禁止違反に対する懲戒処分において懲戒権濫用の成否を判断するに当たっての重要な事情となり得るものというべきである。

すなわち、公務員に懲戒事由がある場合であっても、懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分が、右裁量権を行使するに当たって当然に考慮すべき事情を考慮せず、あるいは、同事情を考慮したものとしては社会通念上著しく妥当を欠いて、裁量権の範囲を超えるものと認められるときは、その処分は裁量権を濫用したものとして違法となるものと解すべきである。そして、懲戒事由に該当すると認められる行為が人事院勧告の完全実施を求めるいわゆる人勧ストに関するものである場合には、人事院勧告の完全凍結という前記の事情は、懲戒権濫用の成否を判断するに当たって当然に考慮されるべき重要な事情となるものと考えるのである。

ILO結社の自由委員会報告書による指摘を待つまでもなく、適切な代償措置の存在は公務員の労働基本権の制約が違法とされないための重要な条件なのであり、国家公務員についての人事院勧告制度は、そのような代償措置の中でも最も重要なものというべきである。したがって、人事院勧告がされたにもかかわらず、政府当局によって全面的にその実施が凍結されるということは、極めて異例な事態といわざるを得ない。そのような状況下において、国家公務員が人事院勧告の実施を求めて争議行為を行った場合には、懲戒権者は、国公法に違反するとして懲戒権を行使するに当たり、争議行為が右異例な事態に対応するものとしてされたものであることを十分に考慮して、慎重に対処すべきものである。本件ストライキは、昭和五七年度の人事院勧告の完全凍結を契機とし、労働基本権制約の代償措置としての人事院勧告の完全実施を求めて行われたものであり、右のような観点からすれば、上告人らに対する本件各懲戒処分は重きに失すると論じる余地がないではない。

しかしながら、前記のように代償措置がその機能を完全に失っていたとはいえないこと、本件ストライキは、当局の事前の警告を無視して、極めて大規模に実施されたものであること、上告人らは、全農林労働組合の中央執行委員会の構成員として、本件ストライキの実施に積極的に関与して指導的な役割を果たしたもので、その行為は、国公法九八条二項の禁止する争議行為を共謀し、そそのかし、又はあおったものとして、刑事処罰の対象ともなり得るものであったことなどを考慮すると、上告人らに対する本件各懲戒処分が社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものとまで断ずることはできないといわざるを得ない。したがって、本件各懲戒処分は違法とはいえず、これと結論を同じくする原審の判断は是認することができる。

(裁判長裁判官福田博 裁判官河合伸一 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫 裁判官梶谷玄)

上告代理人佐藤義弥、同竹澤哲夫、同尾山宏、同岡村親宣の上告理由

目次

はじめに―本件の概要

一 人事院勧告制度とその目的

二 人事院勧告とその機能実態

三 本件人事院勧告の凍結と給与改定の不実施

四 本件争議行為と懲戒処分

第一点 国公法九八条二項の争議行為全面一律禁止規定の違憲性

一 原判決の判示

二 憲法二八条の労働基本権保障と公務員の争議権

三 公務員の争議権の制約と国公法九八条二項の違憲性

四 全農林警職法事件「四・二五判決」の不合理性

(一) 「公務員の地位の特殊性と職務の公共性」を根拠とする合憲論批判

(二) 「必要不可欠」職務論を根拠とする合憲論批判

(三) 「市場抑制欠如論」「政治過程歪曲論」を根拠とする合憲論批判

五 名古屋中郵事件「五・四判決」の不合理性

六 結び

第二点 国公法九八条二項、三項及び本件処分のILO八七号条約及び国際人権規約A規約八条3項違反

一 原判決の判示

二 条約及び国際法規の法的拘束力

三 ILO八七号条約及び国際人権規約A規約八条3項とその労働基本権保障

四 国公法九八条二項、三項及び本件処分の違法・無効

第三点 国公法九八条二項、三項及び本件処分の国際人権規約A規約八条1項(C)違反

一 原判決の判示

二 国際人権規約A規約八条一項(C)による組合活動権保障

三 国公法九八条二項、三項及び本件処分の違法・無効

第四点 適正手続保障の欠落する国公法の懲戒規定及び本件処分の違憲性

一 国家公務員に対する懲戒規定と適正手続の欠落

二 憲法三一条の適正手続の保障と懲戒制度

三 国公法懲戒規定及び本件処分の違憲・違法性

第五点 適用違憲の判断の誤り

一 原判決の判示

二 適用違憲の判断基準の原判決の誤り

(一) 岸・天野意見の趣旨と原判決の重大な誤り

(二) 岸・天野意見と多数意見

(三) 代償措置の本来の機能―人事院勧告の制度的趣旨

(四) 注目すべき判決

(五) 政府の見解(法解釈)

(六) ILOの見解

(七) 岸・天野意見登場の背景と必然性

三 原判決の適用違憲論の適用の誤り

第六点 適用違憲判断における経験則・採証法則違反、理由不備、審理不尽

一 適用違憲の判断基準の判断の理由不備

二 昭和五七年度の国家財政状況の判断の経験則・採証法則違反、審理不尽、理由不備

三 財政再建問題の判断の理由不備

四 財政上のやり繰りの判断の理由不備

五 結び

第七点 懲戒権濫用に関する判断の重大な法令違反等

一 原判決の判示

二 原判決の権利濫用の主張に対する判断遺脱、理由不備

三 懲戒権濫用の判断基準とその適用の誤り

四 本件懲戒処分は社会観念上著しく妥当性を欠く

〈本文省略〉

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